ゆる社会のすゝめ

小学校での社会の実践をまとめていきます。

はじめまして

お初にお目にかかります。ぐん☆たまと申します。

 教員生活11年目を迎えました。埼玉県で7年、結婚を気に、群馬県で教鞭を取ることになった、いわゆる中堅教員です(^ω^)

 生まれも育ちも新潟県。大学を機に埼玉県の大学へ進学。そのまま埼玉県の教員になりました(^ ^)

 

体育と国語に力を入れた10年間

 埼玉県では、体育主任を長い間務め、体育の授業研究を主に行っておりました。学校では国語の研究を行なっていたため、それなりに国語も勉強していました。

 体育も、国語もそれなりに授業が行えることができるようになったとき、管理職から「附属小に希望出してみては?」というお声かがかかりました。そのときはとても嬉しかったです。

 

え。。。僕って、社会の先生なんですか?

 群馬に来て3年目。附属小に希望を出して数日後。管理職と改めてお話をする機会が。

ボス「君、社会でいくよね?」

ぐ☆た「国語に力を入れたいです。」

ボス「いや君、中学免許社会でしょ?専門社会じゃないか。」

ぐ☆た「そうですが、小学校は全部教えるので、あまり意識しないくてもいいのでは?」

 

ボス「いやいや笑 埼玉がどうだったかは知らないけどね、群馬は中学免許が専門教科だよ?だから君は社会科の教員なんだ。これから、何かとお声がかかるかもしれないけど、社会で行かないと何かと中途半端になるよ。」

 

愚☆た「わ・・・わかりました。。。」

小学校教師10年目にして、社会科の道にカムバック

 群馬の先生になり、何かと「中学免許は社会ですが、体育勉強していました。」や「国語を中心に勉強しています!」というと、「なんだ、変わり者か。」「専門は社会なのか。」と言われていました。ですが、都合が悪いと聞かないのが私の耳のいいところ(^ω^)スルーして3年。改めてボスに言われて目が覚めました。そして、恐怖を感じました。

 

「社会の先生って言うけど、社会教えたのなんて10年で3年だけじゃん。。。」

「附属に希望出して、社会で採用されたら・・・」

 

大急ぎで書店に走り、澤井陽介先生や宗實直樹先生、横田富信先生の書籍を買い漁り、一から勉強! 

 そんなときに、埼玉で社会の勉強をしていた時期(2年間)のことを思い出しました。そして、その時の恩師が口すっぱく言っていたことも。

 

「君はいずれ、社会に帰ってくるよ。」

 

こんなことってあるんですね師匠。異国の地で社会に戻りました_:(´ཀ`」 ∠):

楽しい社会!

 社会を子供に指導して3ヶ月が経ちました。どんどん社会の奥深さを知るとともに、難しさも痛感。そして、僭越ではございますが、自分の授業が一人でも社会で困っている先生のお役に立てばと、発信していきたいと思います。

最後に

 小学校の先生は多忙です。国語を教えたかと思えば、体育で鉄棒をやり、図工で絵を教え、給食、掃除指導。そして総合で探究学習。宿題やテストの丸つけ、再テストに追われる毎日。

 あげればキリがない教育現場の過酷な労働状況。休憩も十分に取れない中で、きちんとした授業、子供のための授業、理想の授業を押し付けるつもりは毛頭ございません。

 ただ、余裕があるときに、「この単元、どうやるのかな?」と思った先生が、適当にネットにアクセスし、ポチポチっとした上で、「あ〜、こうやればいいのか〜。」と、少しだけ参考になれば幸いです。

 ながながと自分語りにお付き合いくださり、ありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願いします。